2018年11月
 
長崎ベイサイドマラソン大会。
昨年の倍以上のお客様家族と参加する。引率者の私は人生初のハーフマラソンに挑戦。10kmマラソンにもたくさんのお客様が初挑戦された。
ちょうど帰省していた息子から 「ふつう薬局には病気の相談で来るのに、太田東西薬局のお客様たちはどうなっているの?」
そんな素朴な質問を受ける。
もちろん最初は、全員が病気の相談だった。そして健康になったからこそ、この日を迎えられたのだ。体は強くなった。後は「強い心」。そのための“挑戦だ”。
 
 
 
 2018年9月
 
 
長崎市から被爆者を対象とした講演会の依頼を受ける。
タイトル「被爆者から、被“抜苦”者の道へ」。 これは仏教用語の“抜苦与楽”から引用したもの。被爆された方々の苦しみは、戦後世代の私が語れるものではないが、しかし自らを「戦争の被害者」だと決めつけ、生涯を被害者意識で過ごす生き方の先に充実感や満足感は得られないのではないか?
忌まわしい事実だけれども、それを受け入れて、今の平和と被爆者援護制度に感謝しながら、今を明るく楽しく生きる。
そのための“抜苦”の健康法を お話させていただいた。
皆さん70代で、最高齢は87歳の男性だったが、一人の居眠りや反論なく熱心に学んでくださり、終了後には感謝された。
いつもの講演会とは違う感動を覚えた。
 
 
 
 2018年8月
 
 
 
元気・勇気・やる気が出る「氣〜シャツ」を作成。 イラストは「禅タングル」というアート。デザイナーは薬局のお客様。 前面には「大丈夫、大丈夫、自分らしく!」の文字。
入院中など病床に伏している時、気分が下がった時、受験などここ一番気合を入れたい時などに着用。写真のように、母親・息子・先生という面談の中でも機能します(笑)。
 
 
 
 2018年6月
 
薬局のお客様とハウステンボスマラソン大会に挑戦する。課外活動には、日頃の先生と生徒(お客様)という上下関係を抜け出し、同じ土俵で同じ体験をすることに意義があると考えている。家族での参加は、親と子という上下関係から横一線で触れ合うということになる。マラソン大会は「価値観の共有」「平等の関係性」づくりになると思う。きついけどね。
 
 
 
 2018年5月
 
 
長崎市から依頼された講演会。タイトル「老“秀”をさらす生き方」。老醜をさらす生き方は、自分だけではなく家族の健康も損なうことになる。家族や子孫のために、老醜ではなく“老秀”をさらしましょう!といったお話をさせていただいた。
ティッシュペーパーの写真は、老醜をさらしている高齢者夫婦の話
(もちろん薬局のお客様ではない)。
 
 
 
 2018年3月
 
 
世界遺産に登録された佐世保市の黒島教会の大山神父の元に、フェリーに乗って漢方処方の配達に出かける。
大山神父とは長崎市外海の教会にいらっしゃった時からのお付き合いで、いつも気さくで謙虚なその人柄に敬愛の念を覚える。
太田東西薬局の理念の一つが「医療と宗教の融合」。“祈る”という行為を軽視する現代医学だが、皮肉なことに西洋医学の本場の欧米人は 信仰が厚く、祈ることを常としている。宗教アレルギーと西洋医学信仰の矛盾に気づいている日本人はどれくらいいるだろう?
医療と宗教。体と心。切っても切れない関係のはずだ。
 
 
 
 2017年11月
 
 
お客様を誘って長崎ベイサイドマラソン大会に参加する。衣食住に満たされた平和な時代。「何かに本気で必死になる」という機会は、そこに自分を向けなければ得られない。
堕落しようと思えば、どんどん堕落できるご時世だ。ストレス社会、癒しを求める人は多く、癒しをビジネスにしている人も多い。
しかし、癒しだけでは根本の解決にはならない。
他人に頼ってばかりでは、いつまでも自分に自信が持てずに依存心と不安が大きくなっていく。
太田東西薬局でどれくらい自分が強くなったのか?くじけそうに、
あきらめそうになった時、自分にどれだけやり遂げようとする意地根性があるか?
それは嫌な事にチャレンジした時にしかわからない。
他人に「強くなったね!」と言われても、自分が 「確かに自分は強くなった!」と納得しなければ意味がない。
お客様に自分の進化を自ら体験してもらうためのマラソン挑戦だ。
 
 
 
 2017年10月
 
 
「歯科―整体―漢方講演会」を開催。
池ノ谷歯科医師、平整体師にご協力いただく。口腔内は全身の骨格とつながって連動している。かみ合わせの不具合から慢性腰痛になっているケースなど 多々あること。
骨盤のゆがみから奥歯にかかる圧力バランスが悪くなり、歯肉にダメージを与えて歯周病になるケースなど。独立採算制とも言うべき病院の治療に、もっとこうした関連性を重視した統合医療を目指してほしいと願うものの、現実は厳しい。
解決策があるとすれば、ドクターではなく、患者自らの意識改革、
病識の転換しかない。
 
 
 
 2017年6月
 
夫婦でハウステンボスマラソン大会に参加した時の記念写真。ノリが良過ぎる(笑)。
 
 
 
 2017年6月
 
 
西海市より講演の依頼。演題は「体は老いて病んでも、心は元気ハツラツ」。時代は少子高齢化。昭和20年代の平均寿命は男女ともに50代だった。それが今や人生80年時代となった。しかし長生きが幸せだとは言い切れない。病気、老い、お金、家族に関する不安は長生きすればするほど増していく。
「出来ていたことができない」という自分の衰えを情けなく感じ、
認知症や寝たきりになる不安にさいなまれる。家族に迷惑を掛けたくない、さりとて死ぬのは怖い・・・。
それが高齢者の潜在的な苦悩だと思う。だから病気や老化を忌み嫌うのではなく、避けることはできない「老病死」をしっかりと受け入れて、今を明るく楽しく生きていく。体は老いても、心は美しく保つ。そこに達成感と満足感あるゴールが待っている。
 
 
 
 2017年5月
 
 
長崎市から依頼された健康講演会を行う。
タイトル「病は家族から」。その人の病気はその人だけの問題では
なく、病気は“関係性”の中でつくられる。自己中でわがままな夫は、健康に関心が無くてもすこぶる健康。一方、自分の言いたいことを言えず、やりたいことができない妻は、太田東西薬局の漢方を続けても、なかなか病気が治らない現実・・・。
子どものぜんそく発作や慢性頭痛が母親のイライラや不安神経症からだったりすることは、太田東西薬局では珍しいことではない。
だから、家族で健康の価値観を合せる努力、お互いを思いやる言動を意識していけば「病は家族から」を抜け出せる。
しかし・・・そうした考えを一番持ってほしい家族の人間が、こうした講演会に参加して学ぼうとしない現実。だから「いい人から早く
亡くなる」のだ。
 
 
 
 2017年4月
 
 
 
 
薬局の20周年記念パーティーをパサージュ琴海で開催。最大の会場に120名近いお客様が祝福に駆けつけてくださった。20周年の看板は妻が手書きで作り上げ、準備・受付は前日に東京から帰省した息子らに任せた。
まさに「家族力」でつくり上げた祝賀会となった。
 
 
 
 
 
 
記念講演は、宮崎ますみさん。「病気・子育てと女性の生き方」を
テーマにお話しいただいた。そして、宮崎さんと言えば・・・ビーバップハイスクールでの不良相手の女子高校生。ヤンキーに変装して、お客様の男児たちと“ビーバップ”する(笑)。
 
 
「お客様たちのために何か記念に残ることをやろう!」と妻と話し合い、当時流行していた「恋ダンス」の動画を作ることを決意。
ダンスの練習・ロケ・編集に3ヶ月をかける。会場から大爆笑が起きる度に、「あ〜〜頑張ってやってよかった!」と喜びが込み上げた。以下は動画のスクリーンショット。 我ながら、「ほんとうによくやった・・・」と思う(笑)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
最後の御礼のあいさつ。家族を壇上に招集する。太田東西薬局の信条の一つが「健康=家族力」。家族で健康の価値観を共有し高める生き方を心掛ければ、家族は必然健康になる。現代医学は病気を細分化して診断治療するゆえ、利用する病院は家族バラバラなことが多い。
太田東西薬局では家族それぞれの病気は違っても、原因や薬はほぼ同じ。だから家族全員で相談できる場所だ。家族がお互いに感謝と思いやりの心を持って付き合っていれば、家族の誰かが大病に見舞われても、「家族力」で無難にできる。太田東西薬局は病院と違って「家族で利用できる所」「家族で笑顔になれる所」が特徴だ。
 
 
 
会場で全体写真が収まらず、ロビーで記念撮影となる。
 
 
 
引き出物のカステラとパン。カステラは皇室に献上されている匠寛堂さんに「漢方カステラ」をお願いした。漢方薬に用いられ薬膳でも食される「菊の花とクコの実」とカステラのコラボレーション。
試行錯誤の上に完成した漢方カステラは、味も美的センスも素晴らしく、“肝腎要”の健康効果もある逸品となった。後日、お客様から購入希望の声まであった(笑)。パンは道の尾店のBAKEさんに、特別に焼き上げていただいた。
 
 
 
 
たくさんのお客様からお祝いのお花・グッズ・お手紙をいただいた。感無量の20周年となった。
 
 
 
 
 2017年4月
 
 
 
 
 
太田東西薬局20周年。その節目に相談室を一新する。
 
 
 
 2017年4月
 
 
 
 
温熱刺激療法イトオテルミー(通称テルミー)と漢方の勉強会を妙法寺さんで開催する。テルミーは線香(テルミー線)に火をつけて施術を行うので煙が出る。「煙が出ても問題にならない場所はないか?」と思案していたところ、「お寺!」とひらめく(笑)。妙法寺の福元さんに勉強会の主旨を快諾していただき実現する。
テルミーの塩澤智茂子さん(コスモス療術所)は、私の担当テルミー家であり、太田東西薬局の漢方も長く服用していただいているお客様でもある。まさに“テルミー&漢方”の仲だ。
テルミーは保温・冷え取りではなく、体の流動性を促進するものという考え方も、血流がテーマの私の信条と重なる。便利で快適になった世の中ではあるが、病人が増加の一途という原因の一つに「電気」「電磁波」の影響がある。原始的な“火”は敬遠されて、安全性から
IHをはじめとする電化製品がほとんどの時代。しかし人は本能的に“火の温もり”に視覚・触覚から安心感を覚える。
漢方同様にテルミーも、その健康法がまだまだメジャーではないご時世ではあるが、「予防こそが一番の治療」という信条を持って普及に努めていきたいと思う。
 
 
 
 2016年11月
 
 
 
Ashur(アシュール)発売記念に合わせて、再びソフィアさんを招いて講演会を開催する。今回は40名という限定で「公開セッション」を企画。婚活・就活をメインに女性の様々な悩みを突破していく考え方生き方を、ソフィアさんの実体験から学んだ。 涙・涙の講演会になったことが今でも懐かしい。それだけ公開セッション参加者は真剣だったということでありその何名かは、その後まもなく夢を叶えた。
 
 
 
 2016年10月
 
 
長崎市から健康講演の依頼。演題は「病気知らずは不幸。病気をして真の幸福を知る」。誰でも病気はしたくない。
しかし病気知らずの人生が幸せであり、その人の人間性も素晴らしいとは限らない。むしろたくさんの病気を経験した人が、謙虚で思いやり深い人が多いと感じる。なぜなら病気を通じて自分の弱さに直面させられ、回復のために人の優しさを体験するから。そこに感謝・共感・慈しみといった 温かい心が得られる。同時に「予防意識」が身に付き、「最高の治療は予防にある」ことを自然に学ぶ。
 
 
 
 2016年10月
 
 
歯科医師の池ノ谷和典先生(ありがとう歯科)と「口は災いの元」講演会を開催。詰め物の銀歯から様々な病気が引き起こされる懸念があること。口の中に重金属があるということは、そもそも不自然なこと。詰め物のイオン化・電磁波の影響で舌癌になった症例等を解説してくれた。外した銀歯の裏側の写真を見せていただいたが、そこには真っ黒いカビ(真菌)が繁殖していた。
金属をかぶせる治療は“完治”ではない。銀歯の寿命と弊害をご教示くださった。
 
 
 
 2016年9月
 
 
 
 
 
病巣疾患学会で自験例を発表する。会場には300名近いドクターばかり。さすがに緊張したが自信を持って発表できた。なぜなら自分自身が経験した紛れもない事実の発表だから。
昭和時代の歯科治療(削る、抜く、かぶせる)。子ども向けのお菓子やジュース。昭和生まれの世代はおよそ その“被害者”であり、大半は歯のトラブルを抱えている。歯科の問題から全身に病気が発現している事実を広報していくために、自ら病巣感染(皮膚疾患)になったと考えている。
 
 
 
 2016年7月
 
 
宮崎さんを訪ねる。生きるということは、自分自身を洞察していくこと。そこに自分にしか 発見できない比類ない感動がある。病気もそのためにある。ほんとうの自分(潜在意識、過去世など)を自分が理解して受け入れた時から、治癒も幸福も始まる。
宮崎さんはヒプノセラピー(催眠療法)を用いてクライアントをそこに導いていた。立場・手段は違っても自分自身に向き合ってもらう方針は太田東西薬局と同じだ。
 
 
 
 2016年5月
 
久しぶりに感動した本が「ピュアバランス」。 心と体の関係。それは「魂」ともつながっている。西洋医学で言うところの難治性疾患(難病)を解決するヒントをこの本から得た。女優として華々しくデビューした著者の宮崎ますみさんも、人気絶頂の時から自分の方向性に疑問を持ち悩んでいた。芸能界、結婚、妊娠、子育て、ハワイ生活。これ以上の幸せはないだろうと思われる中での葛藤。それが乳がんにつながった。しかしその病気こそが、自分自身にたくさんの気づきを与えてくれた。病気は忌み嫌うものではなく、より良い人生へ転換するための貴重な出来事。世間ではとても受け入れられない考え方だが、私はストンと腑に落ちた。
 
 
 
 2015年11月
 
 
久しぶりに薬剤師を対象とした勉強会を東京で行う。病院・薬局以外でも病気が治っている人たちもいる現実。
それを認めたくない、学ぼうとしない医療関係者は未だに多い。
ここでもソフィアさんに参加してもらい、病気を漢方とスピリチュアルの面から考察。「体の病気は、体だけの問題ではない」 受講された薬剤師のみなさんは、“目に見えない力”が作用している症例を素直に興味深く受け入れてくれた。
 
 
 
 2015年10月
 
スピリチュアリルと仏教を対面させた講演会を開催。ソフィアさんを長崎に招き、牛尾さんのお寺をお借りしての対談が実現。前半はソフィアさんの人生体験談、後半はソフィアさんと牛尾さん両者に質疑をぶつけるスタイルで展開。「健康」「お金」「人間関係」でどん底に落ちない秘訣は何か?という問いに「感謝と祈りが人生を開く」。
どちらも同じ回答だった。病気・貧乏・家庭不和という不幸な出来事は、幸福な人生への道につながっている。「人生万事塞翁が馬」。
それを信じて、学んで努力精進して突破できるか? ソフィアさんは「すべては最高最善の方向に進んでいることに感謝します」。牛尾さんは「逆らわず、流されず。天命に祈って人事を尽くす」。参加者に金言を残してくれた。
 
 
 
 2015年7月
 
「人には肉体の年齢だけではなく魂の年齢がある」というブログ記事をネットで見つけた。ソフィアエムートさん。スピリチュアルカウンセラーだった。ちょうど東京で7月に講演会があると目にして参加した。「目に見えないものが見える」「未来の災難を予期できる」。そんな超能力には興味ない。問題はその人が「どう生きて来て、今をどう生きているか?」だ。ソフィアさんは、世の中の不幸とされる虐待、病気、DV、離婚、借金負債などすべて経験していた。それを乗り越えて、娘2人を持つシングルマザーとして生きて来た根性に魅力を感じた。スピリチュアリストとしてではなく、様々な苦難を乗り越えて来た実話を薬局のお客様に聞かせてあげたいと思い、その場でオファーしたところ快諾してくださった。
 
 
 
 2014年5月
 
 
 
 
 
妙玄さんを招き「女性の幸せな生き方」をテーマに講演会を行う。
当時、水戸黄門コスプレが我が家で流行っていて、妙玄さんにも着てもらった。打合せなしのサプライズ演出にもかかわらず、終始笑顔で周りを和ませてくれた。この講演会で特に感動した話がある。
散歩の途中、自分の犬をいつも叩いていた高齢者を目にしていた妙玄さんはその都度、心を痛ためていた。ある時、ついに我慢できずに言い放った。「叩くのは止めたらどうですか!動物虐待ですよ!」。
言われた相手は妙玄さんを、にらみ返して去って行った。ある日、その高齢者と犬が公園のベンチにいた。また叩いているのか?と様子を見ていたら、一人の女性が近寄って来て、「かわいいワンちゃんですね!お名前は?いくつですか?」尋ねていた。するとその飼い主は、犬を撫でながら笑顔で答えていた。妙玄さんはその光景を見て、正義感で人を裁くクセがある自分を大きく反省した。「北風と太陽」の話に通じる母性的な内容に感銘を受けた。
 
 
 
 2011年2月
 
2011年に犬を飼い始めたことから関心を持った本。『ペットがあなたを選んだ理由』。素晴らしい内容だと感動したら、牛尾さん同様、著者はお坊さんだった。よりよく生きることは、「自らの死」「家族との死別」を抜きに語れない。塩田妙玄僧侶と太田東西薬局。
仕事は違っても、たどり着いた本質は同じだった。
 
 
本だけではなく、実物にも感動する(笑)。この時、長崎での講演会オファーを快諾していただく。
 
 
 
 2010年7月
 
牛尾さん、市原さん、中川さんとのご縁から実現した講演会。時津カナリーホールは800名で満席。さすがに緊張したことを覚えている。
 
 
漢方家の立場で「こころと体の健康」を話す。
 
 
お母さん、なあ〜に お母さんっていい匂い〜♪の市原さんの弾き語りに過干渉お母さんを演じて会場をお盛り上げる。もはやそこに緊張も恥もない(笑)
 
 
講演会終了後の記念撮影。今でも全員とご縁がある。
 
 
 
 2009年6月
 
某芸能人の覚せい剤事件で薬物依存者に関心を持つようになる。DARC(ダルク)。薬物依存回復センターに連絡して面会を依頼する。治療薬は時に依存薬になる。クスリはリスク。
薬物治療での完治が“明”なら薬物依存やオーバードースは“闇”。
薬剤師として“闇”の現実も忘れてはならない。
 
 
 
 
 
ダルク所長の中川賀雅さんとは初対面から意気投合する。
「ダメ絶対、その考えこそがダメ絶対!」。二人で作った標語で盛り上がる(笑)。違法薬物の抑止にはもっと厳罰を課すべき。
薬物依存者は自業自得で人間のクズ。そんな「裁く考え」だけで薬物依存問題の根本は解決しない。「どうしてこの人は覚せい剤に手を出したのか?」。事件という現象よりも、相手の立場に立ち、そうせざるを得なかった背景を考える。中川さんはじめ、ダルクの利用者から学んだことは、例外なく幼少期から安心できる自分の時間と居場所がなかったこと。無償の愛の充電がない生い立ちがある。
 
 
 
 2009年5月
 
「母性と健康」を演題にマーヤ創立記念講演会を開催する。写真左は僧侶の福元泰成さん。右は市原さん。「神仏は根源なる母性です」と福元さんはおっしゃった。軽快な市原さんの司会進行の中、家族の健康と幸せを築き、世代につなげていくためには 「女性(母親)の心身の健康」が何よりも大切という結論に至る。
 
 
 
 2009年4月
 
 
「安心感」「母なるもの」。音楽を通しても広めたいと考え麻亜耶のテーマ曲を音楽家の市原隆靖さん(いっちゃん)に依頼する。
完成した曲が『あなたがそばにいるだけで』。 市原さん初のアカペラ曲。CDは歌入り・カラオケ・オーボエの3演奏を収録。
 
 
 
 2009年3月
 
「無償の愛」。自信を持って明るく生きていくために不可欠なものだと確信する。見返りを求めない人生を歩むことが出来れば、人間関係でイライラしたり 落ち込み過ぎることもない。すべてを認め、許す生き方。それこそが最高の良薬である。
その理念を掲げたマーヤ株式会社を立ち上げる。
無償の愛を生みだす漢方として「麻亜耶」を開発する。
 
 
 
 2007年3月
 
理想と現実に大きく苦悩していた時に、書店で「母の匂い」という書籍に出会う。読了後「この人なら自分を理解してくれるかもしれない」と直感した。著者は牛尾日秀さん。お坊さんだったが、すぐに手紙を書き面談を申し込む。仏教に興味を持ち、勉強を始めた40歳。目に見える世界(体)から目に見えない世界(心)を追求する生き方に変わっていく。
 
 
 
 2006年10月
 
血流計の勉強会では200名近い受講者が集まり、主催者から驚かれた。しかし、これを境に理想と現実に再び苦悩することになる。たくさんの医療従事者が集まり感謝された反面、一方では「アンチ太田」から誹謗中傷された。
思えばアンチ太田が増えたのは、「心と病の関係」を言い出した頃。
薬剤師の勉強会で「薬で病気は治らない。患者を治すという考えではなく、幸せに導くこと。そのための相談薬局であり、幸せに導けた時に病気の問題も解決している」という持論への反発。
当時の自分は正義感が強く、世間知らずで伝え方が不得手だったと思う。薬の勉強会なのに、「薬で病気は治らない」という姿勢に嫌悪感を持たれるのも無理もない。
薬局の仕事にも支障が出始め、「せんせ〜最近お疲れ気味では?」
お客様たちにから心配される。相談を受ける立場として失格。
薬業界改革活動断念を決意。
 
 
 
 2005年12月
 
 
勉強会の中でも一番印象深いのが、ニチモウ株式会社と開発したファイトロゲンの公開座談会。学校での授業のような一方向の勉強会ではなく様々な考え方を出し合う勉強会を企画。
その時の内容を記した本は、今読んでも迫力がある。
<自律神経―内分泌―免疫―血流―考え方生き方>という関係性に絶対の自信を持つ。
 
 
 
 2003年〜2006年
 
 
 
 
 
37歳から39歳の間、最もタフに仕事をしていた。多い時は毎週末 東京、大阪、福岡、四国、沖縄に出張して勉強会の講師活動をしていた。「井の中の蛙大海を知らず」。自分の考えがどれだけ通用するのか? 人からの非難を恐れずに、堂々と人前で話せるようになったのはこの経験が大きい。
 
 
 
 2003年7月
 
 
東洋医学の名医シリーズに選出された。なかなか理解されず、信用されずといった逆境に打ち勝ち、信念を持ってお客様一人一人に真摯に向き合って来た結果、評価をいただいたと思う。
「頑張って来てよかった!」「あの時の入院も有り難い出来事だった!」 そう素直に思えた。
 
 
 
 2002年5月
 
 
開業5年目。閑古鳥はやっと飛び立っていった(笑)。
 
 
 
 1998年8月
 
開業して1年半。1ヶ月間微熱と右頸部の腫脹疼痛で10日入院。昼間、近医に抗生剤の点滴を受けに通っていたが、軽快せずに観念する。「早く薬局を軌道に乗せるために、休むわけにはいかない!」「家族のために俺が頑張らなければ!」。そうした 自分を追い込む気負い、自分を信用してもらえないストレスからの発病だった。
この時、病室で涙したことをはっきりと覚えている。人生最大のピンチと挫折。しかし、この経験を通じて「まずは自分自身の体調管理から」と深く反省し「自分を焦らせる自分」を手放すことができた。
その後から不思議と口コミ紹介が増えて 実績・信用・売上が右肩上がりになっていく。
 
 
 
 1998年4月
 
開業2年目の相談スペース。プライバシー確保の必要性を感じはじめる。
 
 
 
 1997年7月
 
開業1年目。やる気はマンマン! しかしお客様は来ない…。
 
 
 
 1997年4月
 
1997年4月15日。太田東西薬局オープン。
 
 
店内の様子。カウンターに貼っているのはオープンチラシ。
 
 
 
 
現在の相談室は当時調剤室だった。漢方エキス剤と煎じ生薬がたくさんあった。
 
 
今、カメの水槽がある場所が当時の相談スペースだった。
 
 
 
 1996年9月
 
 
1996年 開業前年。薬局建設予定地にて。
当時は東京在住。地鎮祭のために帰省。
着工中は一度も帰省できず。しかし出来上がりには満足。
 
 
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太田東西薬局 薬剤師:太田 憲一

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